ビートたけしさんといえば、明石家さんまさんと肩を並べるくらい凄い存在になってますよね。言わば国民的ヒーローのような感じで日本国民なら知らない人いないと思います。

 

芸能人というと楽しそうで高収入で憧れの華やかな存在でもありますが、一方週刊誌などでは頻繁に芸能人の裏側や闇の部分なんかも、スキャンダラスな情報は敏感にキャッチして取材をしていたりします。特に大物芸能人などでは情報収集や取材に関しての力の入れようが桁違いです。

 

メディアに出るということは、それだけ自分の情報を世間にさらけだすということと表裏一体であるので、ある程度の覚悟は持って芸能活動をやっていかいと売れないわけですが。

 

そんな中、今回は大物芸能人のなかでもトップクラスともいうべき「北野武(ビートたけし)」さんがなぜこのような事件を起こしたのか、その裏側にある真実を探ってみたいと思います。

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当時大活躍中のビートたけしが「フライデー」の講談社を襲撃!何があった?

この出来事の始まりは、当時結婚していたビートたけしが愛人と思われる人が、密かにたけしの別荘に通っていたという事をフライデーの記者がどこからか情報をキャッチして報道されたことから始まったといわれています。

 

週刊誌は情報が売れてナンボの世界なので、超大物芸能人のスキャンダラスな瞬間を掴んだときは、とんでもなく嬉しかったのと、「絶対このチャンスを逃がすなっ!」というので緊張感も半端なかったんでしょうね。

 

そのものすごい緊張感と取材を成功させる責任感が影響したのかわかりませんが、その後の取材攻勢が今だかつてない程えげつない感じになっていったと思うんです。

フライデー襲撃事件の原因の発端は『講談社』にあり!

当時は、ゴシップ誌などの写真週刊誌が乱立していたこともあり、われ先に売れ!という競争社会的な要素があったんじゃないかと思います。その当時の写真週刊誌の売り上げと言ったら出版界の中で相当の割合を占めていたと思います。本当に物凄かったですからね。

 

そのころにフリーの記者がいて、その人は昔たけしさんが小さいころから、取材して記事を何度か書いていたという実績を持っていて、講談社のフライデー編集部からその腕を買われて、契約記者という形で仕事を始めました。

 

そして、その記者に嘘やありもしないねつ造記事を書かせたり、詐欺じみた取材の敢行や、たけしの家族の隠し撮りななんかさせたりと相当に酷かったようです。その記者もだんだん面白がってきたのか、徐々に過剰な取材を横行するようになってきたんです。

 

一方講談社はというと、その買収した契約記者がいるっていうことを、たけしさんには一切伝えずに内々で密着取材させていたそうです。後にこの事がたけしさんがキレて事件の発端の大きな引き金となったようです。

そのスカウトされた契約記者っていったい何者?

知らない人がほとんどだと思いますが、名前は「石垣利八郎」といいます。当時フリー記者でした。ビートたけしさんへの取材に関しては相当な取材力のある人でした。

 

さきほど名前を知らない人がほとんどだと先ほど言いましたが、それもそのはず。この人はビートたけしさんが信頼しておける記者だったから名前を伏せていたんだそうです。

 

なぜたけしさんがこの記者を信頼し、名前を伏せていたかというと、この記者の取材能力は他の記者のそれよりも相当高く、たけしさん本人が知らない(忘れている)事まで入手し、記事にしていたことから一目置くようになったんだとか。

 

たけしさんとフリー記者「石垣利八郎」との出会いは、「ラジオマガジン」という雑誌でたけしの少年時代の特集記事を書いたのが初めての二人との出会いだったといいます。彼の取材方法は強引なので有名で当事者はもちろん家族や親せき、昔の友人なども片っ端からあたる強力な取材力だったそうですね。

 

しかしのちに講談社に買収されて、契約記者となってしまった元フリー記者の石垣利八郎氏ですが、たけしとのこれまでの付き合いを利用して取材することによって得た情報をこっそりとフライデー側ににリークしていたんです。

当時交際中の女性にフライデーの記者がケガを負わせ、たけしが激怒!

フライデーの記者が、たけしや当時親密交際中だった専門学校生に執拗に取材を行ったり、隠し撮りなど嫌がらせに近い行為を行っていたそうです。実は女性にけがを負わせたり嫌がらせに近い取材を行っていたのが、何を隠そう「石垣利八郎」この人だったんですね。

 

である時、交際中の女性が通う学校の校門付近でその女性を取り囲み、たけしとの関係性をいろいろと聞こうとしたけど、女性が嫌がって取材陣を振り払い、そこから立ち去ろうとしたところ、

 

記者が前へ立ちふさがり、持っていたテープレコーダをその女性の顔に強く押し付けたり、車に押し付けたり、彼女の手を無理やりつかんで引っ張ったりしたことで、彼女は「頸部捻挫」や「腰部捻傷」などで全治2週間の怪我を負わせたそうです。

 

さらにその記者は夜になっても構わずに、交際相手の女性の実家にまで押しかけて、インターホン越しに脅迫めいた言葉や、その女性に対して屈辱的な言葉を複数回に渡って浴びせかけたりして、常識とは考えられないぐらいの酷い取材と暴行をそのフライデーの契約記者は繰り広げていたんです。これはもう取材というより、取材という行為で行っているだの暴行ですね。

 

こんなのは取材でもなんでもなくただの暴力以外ありません。しかも相手は芸能人ではなく普通の一般市民。いくら記事のネタが欲しいといっても、これはやりすぎ!ていうか、裁判沙汰にしてもぜんぜんおかしくないんです。

後日、交際女性からこれを知らされたビートたけしさんが、当然ながらも激怒し(こんなのやられたら温厚な僕でもさすがに怒り狂いますよ)、たけし軍団をひきつれて講談社に乗り込むことになったんです。

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たけし軍団引き連れて事件の発起人『講談社:フライデー編集部』へ乗り込む!

完全にキレたビートたけしさんが、まず、フライデー編集部がある講談社に抗議の電話を入れて、その後たけし軍団を引き連れて襲撃に行ったんです。

編集部の横柄な態度で激怒!乗り込みに行くことに

たけしさんが講談社へ電話をかけた際、「お前らオレの姉ちゃんの所へ行ったな?そこで殴る蹴るの暴力をしたんだってな?」などと担当者を呼び出すように言ってたのですが、うまいこと話の矛先をかわされて一向に担当者を出さないことに終始されました。

 

これに業を煮やしたたけしさんが、再度キレて数分後に襲撃を予告するような電話を「今から行くからな!逃げるんじゃねーぞ!」などと入れて当時の11人のたけし軍団とともに襲撃に行ったという。この事態を重く見た講談社は管轄の警察署へ通報していました。

暴力行為はあった?

初めは、抗議目的で行ったそうなのですが、そこは当時の態度の横柄な編集部員がいたことで、暴力なしで帰るなんて事は想定外でした。その時たけしさんが「担当者を出せ!」と言ったところで編集部員の挑発的な発言が元で一斉にもみ合いとなったようです。

 

そこでは編集室に傘や消化器があったらしく、たけしさんひきいる軍団はそれらを使ったり、偏重や編集部員らを殴るけるなどして暴行を働いたという事です。

 

その後、たけしさん達は「住居侵入罪」「器物損壊罪」「暴行罪」の容疑で講談社を管轄下に持つ大塚警察署へあらかじめ通報していたので、編集部員の一部に成りすましていた警察官によって現行犯逮捕されてしまいました。

 

そのそもなぜ暴力事件にまで発展してしまったのかというと、いままでの家族や親せき、そしてたけしさんが一番知られたくない存在の愛人にまで手を伸ばし、暴行ともいえる強引過ぎる取材を受けてしまったこと、

 

そして一番許せなかったのが、今まで信頼して(他の雑誌にビートたけしと軍団を記事として載せてもらっていた)いたフリー記者「石垣利八郎」のあからさまな裏切り行為、講談社側の人間の異常な悪態ぶり「いつでも殴ってください。これも記事として出しますんで!」と平然と言われたのが、とにかく許せなかったのだそうです。

メディアへの影響はどのくらいあったの?

当時はお笑いの第一人者と言えばビートたけしと明石家さんまの2大勢力だったので、その一人が芸能界から一時いなくなる事で、大きな話題になったことを覚えています。

 

あの頃は、たけしさんは、相当数のバラエティー番組を抱えていたので、そのほとんどが一時中断や、番組の打ち切り、メイン司会者のたけしさんの代わりに軍団メンバーの一人がフォローするなどで結構慌ただしかったですね。同じ番組見てるときでも、たけしさんがいないので、なんだか寂しい感じがしてました。

 

個人的に一番終わってほしくない番組の『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』や『オレたちひょうきん族』などは辛うじて他のメンバーがフォローしてくれてたので、番組が終わらずに生き延びてくれてたからちょっとうれしかったです。

 

ちなみに、当時たけしさんがプロデュースしてタイトーが開発していたファミコンの『たけしの挑戦状』の発売日がなんと、襲撃事件のちょうど翌日だったんですね。これはなんとか影響を受けずにちゃんと予定通りの発売日に売り出されました。ただし、CMは中止されたそうです。もう幻のCMなので、どんな内容だったのか見てみたいですね。

今回のまとめ

今となってはもうずいぶんと昔の話になってしまったわけで、当時の記憶が薄れてしまっていますが、こうやって振り返ってみてみると、いまでは雑誌の取材は昔と違ってずいぶんと大人しくなっていますね。

 

たけしさんの襲撃事件がきっかけになって、多くの人が写真週刊誌に対する批判や不信感・疑念の声なんかが繰り返し出てくるようになり、当然ながら雑誌の売れ行きも減っていき、同時に色々と規制や各雑誌社の過剰な取材の自粛にもなってきています。

 

襲撃事件にまで発展してしまった今回の騒動はもとはといえば、責任の発端は間違いなく写真週刊誌と記者側にあると思っていますが、今後このような事が起こらないように僕たちユーザーが見ていかなくてはいけないのかもしれませんね。