kobayasi-takeru2

小林尊(こばやしたける)さんといえば、かつて日本で大食いブームが全盛だったころ新しい刺客として参戦し、他の選手を圧倒する勢いで優勝を飾って一躍有名になりましたね。

 

今や彼の名前は日本だけでなく、世界的に名の知られた日本を代表するフードファイターにまでなっています。

 

テレビ出演当時の彼の体格ですが、ごくごく平均的な日本人の体格で華奢な感じというか、ちょっと痩せすぎな感じだったので、

 

こんな華奢な感じでフードファイターに出てきたのは、この人の潜在能力はどのくらいあるんだろうか?

 

と思ったぐらいな印象でしたね。

スポンサードリンク

イメージと違い華奢でイケメンな小林尊

kobayasi-takeru1

プリンス」、「底知れぬ貴公子」、「地上最強の胃袋」の愛称でそう呼ばれています。

 

他の大食い選手と同じように圧倒的な大食いでありながら体は華奢だし、そしてイケメンなので、その当時は小林尊さんはそうおばれていました。

 

今では彼の活動拠点はアメリカですが、そこでも彼の大食いの凄さは認められていて、そこでは「The Tsunami (ザ・ツナミ)」と呼ばれていたり、「Kobi」とも呼ばれていますね。

小林尊さんが初めてデビューしたのはテレビ番組?

kobayasi-takeru3

現在の小林尊さんは日本を代表する大食いのフードファイターとして世界的な有名人となっていますが、彼がフードファイターで世間に知られるようになったのは、テレビ東京の『TVチャンピオン』に出たのがきっかけでしたね。

 

なつかしい。。。

 

あの番組に出演したおかげで、今後の彼の人生が大きく好転したんですよね。

 

それと同時期にやっていた別のテレビ局TBSの『フードバトルクラブ』に出演したのも、彼の存在が世間に一気に知られることにきっかけでもあります。

 

あの頃は初対決となった「赤坂尊子」さん。その頃の彼女の愛称は「女王赤阪」とか、「飢えるジャンヌダルク」と呼ばれるぐらい、男性の勝るとも劣らずの戦いをして名を馳せていたんですが、初登場だった小林尊さんに敗れて準優勝だったんですが、

スポンサードリンク

彼のデビュー戦という事と、彼に敗れたことで赤坂尊子さんが一線を退いたきっかけにもなった印象深い年でした。

小林尊さんの現在の仕事と年収は?

あるテレビ局との契約上のしがらみに関わる問題から距離を置くしかないと思った小林尊さんは、日本を飛び出して単身アメリカに移り住みました。

 

そして今度は、アメリカを拠点にしてフードバトラーとして戦って勝ち抜いていくので、他の選手よりも太刀打ちできないような絶対的な力をつけないといけません。

 

そのために日ごろから体を鍛え抜いてボディービルダーのような体格になったり、大会直前になると、胃を慣らすために、3ガロン(12リットル)の水を連続一気飲みして、胃を広げる訓練をしていたりとストイックにやっているみたいです。

 

そんな練習を毎日やっていたおかげで、現地で行われる様々なフードバトルを勝ち抜いていかれました。

 

大会の中には優勝賞金30万円から大きい大会になると400万円があったりして、当面はその賞金で日々の生活費を稼いでいたんです。

 

ところが数々の大会を総なめにしていると“小林尊”という名前が瞬く間にアメリカ全土に広がっていき、雑誌の取材やテレビの大食い企画に呼ばれるようになったり、CMにも出てくるようになり、現在は本業のフードファイターとしてだけでなく、そういった広告の出演料でも収入が入ってきてるようです。

 

本業のフードファイターの優勝賞金とテレビやCM、雑誌の出演料など合わせて年収は数億円とも言われています。

 

すごいですね。そして彼の本業はもちろん「フードファイター」です。

今回のまとめ

小林尊さんは今では「伝説のフードファイター」と形容されるぐらいに世界的な有名人となりましたが、彼がこうなるキッカケはテレビ東京の『TVチャンピオンだったんですね。

 

彼は今、日本でのフードバトルは全くしていないんですが、9月13日のTBSの番組『所さんのニッポンの出番!最終回SP』で台湾の大食い選手とバトルを繰り広げているのをやっていました。

 

いつしか日本で彼と日本の大食い選手とのバトルをもう一度見てみたいと思うんですが、いかがなものでしょうかね。