広瀬香美 独立 移籍 理由 新事務所

「冬の歌姫」として不動の地位を持つ広瀬香美さんが、このほど長年所属していた芸能事務所「オフィスサーティー」から独立したことが分かりました。

 

彼女が所属していたオフィスサーティーのサイトを見たところ、彼女とこの事務所とは独占契約でもしていたのか、オフィスサーティーで所属しているアーティストは「広瀬香美」さんしかいないようですね。

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だとすると、この事務所に立った1人しかいない大物アーティストの広瀬香美さんが出ていってしまったら、オフィスサーティーは大損害を被る事にもなりかねないですね。

 

広瀬香美さんはなぜオフィスサーティーから独立しようと思ったのか、この辺についてまとめてみました。

広瀬香美さんの経歴・学歴

まずは広瀬香美さんの経歴・学歴からみていきます。

広瀬香美 独立 移籍 理由 新事務所

名前:広瀬香美
生年月日: 1966年4月12日
年齢:52歳
出身地:福岡県太宰府市
職業:シンガーソングライター、作詞家、作曲家、編曲家
   音楽プロデューサー、ラジオパーソナリティ、ボイストレーナー
所属事務所:Muse Endeavor inc.(女神努力株式会社)

広瀬香美さんの出身地は福岡県太宰府市となっていますが、彼女の生い立ちはちょっぴり複雑で和歌山県に生まれて、幼稚園生の6歳まで大阪府の門真市で育ったようです。それから6歳を迎えた頃に福岡県に移住したようです。

 

まあ彼女は落ち着くまでに各地を転々としていたみたいですね。

 

彼女がここまでのアーティストになれたのは母親のお陰が大きかったようで、彼女が幼少期の頃から「手に職をつけてもらいたい」という母親の思いから、広瀬香美さんが4歳の頃からピアノを習わせ、そして5歳になった頃に和声学などのクラシック音楽の作曲法を本格的にレッスンさせていたそうです。

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そして彼女が練習をしなければその日の夕食を抜きにするなどして徹底的に英才教育を叩き込んでいて、その頃の彼女にとってはレッスンは逃げ出してしまいたいぐらい非常に過酷であったと話しています。

 

食事中でも常にクラシックなどの音楽を聴き続けていたというので、彼女の青春時代は常に音楽と共に歩んでいたというのがうかがえます。

 

でも、母親のあの時の厳しいレッスンが無かったら、今の「広瀬香美」は存在してなかったかもしれませんね。

 

彼女が音楽家としての才能が芽生えてくると作曲も手掛けれるようになり、小中学生の頃が自身の作曲家人生のピークだったと広瀬さん本人が「NHK トップランナー 」というトーク番組で語っていました。

 

彼女がどこの小学校に通っていたかはわかりませんでしたが、中学校や高校は「福岡女学院中学校・高等学校」の(音楽科)に通っていて、卒業後は「国立音楽大学」の音楽学部作曲学科に進学しています。

 

ちなみに中学校や高校時代では通学中によく作曲していたそうで、『ロマンスの神様』のサビ以外の部分を西鉄井尻駅前バス停で作り、『愛があれば大丈夫』のサビは井尻六ツ角交差点の歩道橋の上で作ったそうですね。

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小中学生の頃が作曲家人生のピークと歌っていたのか、大学に入ると意外に学科内での成績は悪かったようで、講師の先生から「将来どうなりたい?」と尋ねられ、彼女が「作曲家になりたいです」と答えたら、脊髄反射で「無理!」と返されたそうですw

 

人生をかけて音楽家への道を目指いしていたのに、先生から否定されたことで落ち込むことはせずに、大学在学中に気分転換で高校時代の友人に会うためにロサンゼルスへ渡米することに。

 

そこで当時人気絶頂のマイケル・ジャクソンやマドンナのライブを見ていたく感激して、これから目指すべきはPOPだと感じたとか。

 

 

これが彼女がのちに日本を代表するPOPアーティストとして大躍進するキッカケだったんでね。

LAでオフィスサーティー社長との出会い

彼女がこれから長年に渡ってお世話になる「オフィスサーティー」社長との出会いはここロサンゼルスだったといいます。

 

その人物は平野ヨーイチさんという方で、この人がオフィスサーティーの社長だったわけですね。

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この平野ヨーイチさんはロサンゼルス在住のギタリストとして活躍していて、ここで当時無名だった広瀬香美さんと出会い、そこで感じた彼女の才能に惚れ込んで、平野ヨーイチさんが彼女が日本でデビューできるようにデモテープを制作して多数のレコード会社にデモテープを売り込んでアピールしていたようです。

 

その中の一つのレコード会社「ビクター音楽産業(現在のビクターエンタテインメント)」が興味を示して契約に至ったそうです。

 

その後に契約を交わした仲介人が平野ヨーイチだそうです。もし彼女がロスで平野ヨーイチさんに出会わなかったら、日本でのデビューはなかったかもしれないので、平野ヨーイチさんは広瀬香美さんの恩人ともいえる存在かもしれません。

オフィスサーティーを独立した理由は?

その後、広瀬香美さんはアーティスト活動が不自由なく行えるように平野ヨーイチさんの芸能事務所の「オフィスサーティー」に所属することになります。

 

しかし、広瀬香美さんは長年にわたり所属していたこの事務所をなぜか突然去ることをしてしまいした。

 

自分の才能を見つけてくれて、アーティストデビューまでさせてくれたのに、何故この事務所を辞めることになってしまったのか。そこには何か理由があるはずです。

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そもそも「広瀬香美」というアーティスト名はあくまでも芸名であって、彼女が持っている名前ではないんですよね。彼女の本名は「石井麻美(いしいまみ)」で本名で活動することもなかったようです。

 

広瀬香美さんはアーティスト活動の傍ら1999年に株式会社ドゥ・ドリームとして「広瀬香美音楽学校」を開講したり、2015年には「広瀬香美合唱団」を設立したりもしていて、アーティストを目指す人たちの教育者としても活動されています。

 

ですが、ここの「広瀬香美音楽学校」や「広瀬香美合唱団」を運営する株式会社ドゥ・ドリームの代表者は「平野ヨーイチ」となっており、広瀬香美さんが会社社長ではないんです。

 

広瀬香美さんがアーティストデビューするときに平野ヨーイチさんから芸名の使用権を記した覚書を交わしたようなので、「広瀬香美」という名前の独占使用権はあくまでも平野ヨーイチさん側にある。という事なんでしょうね。

 

でも広瀬香美さんにとっては、この芸名も気になるところですが、広瀬香美さんの周りにはこれまでにも様々なトラブルがあったようです。

 

オフィスサーティー社長の平野ヨーイチさんが言うには、去年2017年の広瀬さんのライブで観客とトラブルを起こしたことや、これまで8年間で28人ものマネジャー辞めたり、入れ替わるなどして業務上に問題になったことも多くあったそうです。

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8年間と長い期間といえども、さすがに28人も辞めるってことはかなりの異常事態ですよね。

 

マネージャーが辞めた理由というのが、女性マネージャーが何か不備を起こした際に壁に叩きつけながら叱責して相手をケガさせた。

 

そして男性マネージャーの場合は、彼女がある音楽番組の生放送に出演した際に、彼女が発言したはずのコメントがカットされたことに腹を立てて、その男性マネジャーを人前に呼びつけてその場で怒鳴りつけたという逸話もあったりなど。

 

彼女にはその他にもたくさんのトラブルや問題行動があったようですね。

 

そして平野ヨーイチさんが運営するオフィスサーティーも、広瀬さんは社長の平野ヨーイチさんに何の事前相談もなく、突然インターネット上で「新事務所に移籍することになりました」と発表され、事務所は大変困惑しているようです。

 

平野ヨーイチさんや事務所からすると、今まで大切に可愛がって育ててきた子供に、いきなり「結婚するので明日から家を出ます!」と言われたようなものですね。

 

まさに「寝耳に水」な状態だったわけです。

 

当然事務所は引き留めなど入ったことだと思いますが彼女の意思は固く、話し合いはいまだに平行線のようだったみたいで、別の新会社に移籍するのであれば「広瀬香美」という芸名もできなくなります。

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これに関しては現在も話し合っているみたいで今後どうなるかは分かっていません。社長の平野ヨーイチさんも「泥試合はしたくない」と言っているので円満解決すれば、今後「広瀬香美」は使えなくなる可能性は大きいと思います。

 

でも広瀬香美さんは芸名そ捨てきれるのか、この辺は微妙なところでもし「広瀬香美」という芸名を捨てなかった場合は、もしかしたら彼女と平野ヨーイチさんとの間で法定塔までもつれ込む可能性も捨てきれません。

 

実際、彼女が新会社に移籍して新しいウェブサイトも開設していますが、そのサイトのアドレスが「hirose-kohmi.com」として開設していてサイト名も「Hirose Kohmi」としている点から、この辺は法廷闘争があった場合には絶対に指摘される点だと思いますね。

 

 

広瀬香美さんがなぜ突然オフィスサーティーを去ることになったのか、もしかしたら彼女はこれまで事務所にいる間、自分のやりたい事に満足できなかったか、もしくは夢があってもさせてもらえなかった。

 

それとも今の事務所の運営方針が気にくわなかったのか、広瀬香美さんは以前から「オフィスサーティー」の代表にさせてくれと4度にわたって平野ヨーイチさんと話し合っていたようですが、中々折り合いがつかずにいたそうです。

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今年の2月にこの事について、平野ヨーイチさんは「広瀬香美さんは自分の運転免許証の更新も分からない一般常識がない人間なのに、会社の運営というものがそもそも出来るのか?」と話していました。

 

更には、話し合いの時に平野ヨーイチさんは「1年後に業績が向上すれば事務所の代表を交代する考えを示しましょう」といったにもかかわらず、広瀬香美さんは「今すぐ100%要求を呑んでくれないと嫌なの♥♥」と駄々をこねてたようですね。

 

広瀬さんにとってはそれが最大の決定打になったのか、先月の5月21日に代理人を通して、広瀬さんサイドから一方的な契約解除の通達が送られてきたというそうです。

移籍先の新事務所は「女神努力株式会社」

広瀬香美さんは突然オフィスサーティーを去ることになりましたが、もう地祇の芸能事務所への移籍は完了しています。

 

その移籍先の事務所は広瀬香美さんが新しく設立することにしたみたいで、その事務所名は「Muse Endeavor inc.」で女神努力株式会社というそうです。

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ウェ新会社のウェブサイトはこちら。

おしゃれなネーミングの新会社ですね。

こちらは広瀬香美さんの新しいウェブサイトです。

ウェブサイト名も「Hirose Kohmi」

 

一応彼女のウェブサイトでは「広瀬香美名義」としてのアーティスト活動は休止するという事で書かれているようです。

 

彼女の新しいサイトではファンに対して「困惑させて申し訳ない」、といいことと「体制を一新して、今後も変わらず活動を続けていきます」というメッセージを発信しているので、ファンはこれまでと同様に見ていければいいのかなと思っていていいと感じます。

まとめ

ネットでは広瀬香美さんが反乱を起こしたのではないかとも心配されているようですが、広瀬香美さん的には今までの活動していく中で、だんだん自分が新しい事を考えてやりたい事もできなくなり、活動範囲も狭まってきたりと窮屈になってきた。

 

なので広瀬さんはこの事務所を抜け出して、新たなステップとして自分自身が一番やりたいことに専念できるように新事務所を立ち上げたんではなかろうか。

 

と思っています。ただ事務所への辞め方は正直って社会人としては完全にアウトですねw

 

こればかりは突然辞められた事務所もいい迷惑するし、第一常識外れもいいとこです。普通の会社だったらこんなことは絶対に許せませんし、今まであんなにお世話になった事務所を吐き捨てるようなことはあってはなりませんよね。

 

これでは育ててくれた平野ヨーイチさんが浮かばれませんから^^

 

新しい事をやりたかったら、後々のサポートや事務所同士の横のつながりとか絶対あるはずだろうから、後腐れなく去る方が彼女のためにもよかったはずですね。

 

でも彼女がこれからも変わらず活動してくれたら、ファンにとっては何の心配もいらないんじゃないかなと思います。

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