宮沢氷魚さんは去年ぐらいからテレビに出だして、その存在を知られるようになってなってきているみたいですね。
去年は女優の桜井日奈子さんとJR東日本の「JR SKISKI(冬が胸にきた)篇」というCMで共演したり、バラエティー番組の「スカッとジャパン」に出ていたりとしていました。
2015年からは集英社の男性向けファッション雑誌「MEN’S NON-NO」の専属モデルに起用されていますね。
まだ宮沢氷魚さんの事について良く知らないと思いますので、少し詳しくまとめ見てみたいと思います。
もくじ
宮沢氷魚のプロフィール
名前 宮沢氷魚
生年月日 1994年4月24日
出身地 アメリカ(カリフォルニア州のサンフランシスコ)
星座 牡牛座
身長 184cm
趣味 野球観戦
好きな音楽 J-POP
特技 英語、野球、陸上
職業 モデル、タレント
写真からも見て取れるようにかなりのイケメンです(笑)
そして父親譲りなのか、母親譲りなのかどっちか分かりませんが身長も高くスタイル抜群です!
モデルとして活躍しているのがよく分かります。
名前の由来が気になる!
「氷魚」という名前を聞いて「芸名?」と思うぐらい特徴的な名前だったので調べてみたら、どうやら本名のようですね。
氷に魚ってなんかストレートな名前過ぎてなかなか珍しい名前ではありますよね。その名付け親は3度の飯より釣り好きな父親の和史さんだそうです。という事は魚の名前をそのまんま付けられたって事でしょうか。
さすがに自分の子供の名前を付けるときに、単純に魚の名前をそのまんま付けるわけがありませんよね。
それにはもっと深い意味があって、魚の名前から来ているのは間違いないんですが、ある魚の生き方のように人生を貫いて欲しいという意味が込められていたんです。
それは琵琶湖で取れる鮎の“稚魚”から付けられていて、この稚魚の事を「氷魚(ひお、またはひうお)」というそうです。
この魚は琵琶湖に住んでいる鮎の“稚魚”は秋から冬にかけてよく取れる魚で、その身体はとても小さく透けているそうです。
冬になると琵琶湖も湖面が凍るぐらいに厳しい冷たさになってしまいますが、そんな中でも小さな鮎の稚魚は厳しい寒さを乗り越えて春を迎えていく力強さを持っています。
自分の人生も、そのような「厳しい環境でも力強く乗り越えていく小さな稚魚のように乗り越えてほしい」という願いを込めて“氷魚(ひお)”という名前にしたそうです。
宮沢氷魚の父親はTHE BOOMのボーカリスト
宮沢氷魚さんの父親はなんとあの超有名アーティーストグループ「THE BOOM」のボーカルの宮沢和史さんだったんです。
THE BOOMというと皆さんも知っていると思いますが、今もカバーで出され続けている超がつくほど有名な楽曲を最初に世に送り出した「島唄」や現在も世界中でカバーされ続けている「風になりたい」などを出した日本を代表する超有名バンドですね!
特に「風になりたい」という曲は有名でタイトルを聞いてもピンとこない人でも、実際に流れてる曲を聞いたら
「ああ、この曲知ってる!」、「聞いた事ある!」
という人が殆どじゃないでしょうかね。
その有名バンドのボーカリストが氷魚さんのお父さんだったんですね。これだけでもびっくりですが、お母さんも有名でタレントの光岡ディオンさんなんです。
宮沢氷魚さんの家庭は家族揃って有名人だったんです!
宮沢氷魚の出身地はアメリカ
宮沢氷魚さんは日本人でありながら出身地は日本ではなくて、なぜかアメリカなんですね。何ででしょう(笑)
実は氷魚さんは日本人とアメリカ人のクォーターなんです。
お父さんはもちろん日本人の宮沢和史さんですが、お母さんの光岡ディオンさんは日本人とアメリカ人のハーフです。
という事は、アメリカに住んでいた光岡ディオンさんと宮沢和史さんが結婚して向こうで出生したという事でしょうか。
今回のまとめ
どこかの雑誌のインタビューで宮沢氷魚さんが元々は芸能界に興味がなく、というよりむしろ嫌いという事だったらしいのですが、ある時期を境に段々と興味を持ち始めて今に至る訳ですが、彼曰く「父を超える存在になりたい」と芸能界で生き抜くことを決意したようです。
それは両親が芸能界で活躍している姿をずっと後ろから見ていた影響が根底にあって父親を超える事はもちろん、色んな事にチャレンジしたいそうですね。
頑張っている甲斐もあってか最近では少しずつブレイクしているそうですよ。
これからは色んなジャンルに積極的に出ていくそうなので、これからの活躍に注目したいですね!